死後の世界を知る以上に、今をどう生きるべきなのか



地上時代は、人は、己の正体を隠しうる、いや、表面の意識では気がつかないだけかもしれない。

それは、肉の身体の健全や、容姿の端麗さと霊的な部分での成長レベルがイコールで無いから。

隣の生徒も、目の前のデスクの女性も、仕事場の同僚も、同じような身体であるけれど、全然違う。

そして、それぞれの霊的成長の度合いにより、関わる霊魂の質、種類も皆違ってきます。

ある人には、社会的な地位も、経済力も影響力があり相当の邪霊がついていた、
ある人には、人を玩具の如く弄ぶ未発達な霊魂が、
ある人には、宗教団体に関わる複数の霊魂が、
ある人には、人々の霊的な指導を目的とする霊魂が、
ある人には、神々の如し高級な霊魂団が霊的な使命のために、

という具合に。

では、それが何を意味するのだろうか?

ここに、地上にしかない、大きな特性があると言えます。
実は、地上にも、死後の世界と同じく、空気の如し、霊的な気(幽気など)が存在するのですが、例えて言うならば、澄んだ水、濁った水という具合に、高い、低いと質の違いが有ります。

そして、世界中、国々、人種、民族、様々な霊的な状態の人が生活しているので、幽気の質も一定では無く、必ず高い気もあれば、低い気もあります

死後、下の幽質界に落ちそうな人も、高い幽気(幽質界に存在する気)を吸収する事で、霊的に成長する事も十分可能なのです。

これは、普通、死後の世界(幽質界)では、幽体の質に相応しい世界でしか生活できないので、こうした事は起きません。

一旦、下層の幽質界に落ちると、質の低い幽気しかありませんし、上層の指導的な立場の霊魂も、下層には降りられませんので助けようにも助けられません。

よって、地上にこそ、力あり

故に、本当は、死後の世界を知る以上に、今をどう生きるべきなのかを、知るべきなのです。