過去からの重み



一言では語り尽くせないテーマである

過去世という言葉も世間でそれなりに周知されてきているが、人それぞれの定義が異なり、言うことがてんでばらばらである。

霊魂、端的言えば、霊的な身体(すなわち幽体)に過去世の神秘があり、人の苦悩の本質が眠っている。
どこぞの霊能者が、スピリチュアルなんとかが、貴方の前世とか過去世は、どこかの国の誰かとして生まれたと言っても、複数の方から同じ事を言われたといっても、100%真実ではない。

前世療法などでも、過去世の記憶がある人がいるとか無いとか言うが、当事者にとっては、それが本当の事に思えても、霊的な真実を全て間違っていると言えよう。

過去世を見抜くには、人の幽体とは何か、幽の個我を知り、さらに、幽体の意識と意識交流でき、かつ、その対象者の守護霊から正しい霊的調査を行えねば、過去世の正体は見えてこない。

そして大切な事は、複数ある過去世の意識が、今の自分、そして未来に、何時、どうした影響や衝動を与えてるかを正確に見抜き、意識そのものを変化、成長させ、対処できる事である。

幽体、過去世の真実を見抜く事は難しいと言えるし、本当は、一般人とは違う更に高貴な世界から、霊的な法則を打ち破り、地上に誕生した霊的な個性にしか、判らないと言えよう。

そうした達人が沢山いて、今、TVで意見を主張しているとは到底思えない。

人は、過去からの重みに影響される、それがずっしりと霊的身体に刻み込まれている時、普通に生きていては、中々解消する事はできない。

どれだけ人生を振り回されているか、本人には知るよしも無いが、悪循環をたどり更に重くなるのが普通である。

本当は、常に道は幾つもあり、その判断も自由であった。
つまり、霊的な己の本質として、人は、自由意志を表現している。

人生を過去世に引きずるだけで終わってはいけない。

人の意識は過去世の意識だけで無い。
更に奥には高貴な意識もある。

過去世を乗り越え、手を取り合って携えながら、更に内なる光を表面に表現できるようになった時、貴方の指導の霊魂は、涙を流して喜ぶ事であろう。
降りてきて指導したかいがあったと。

勿論、その先には、更なる要求がされる事もあろうが、

それも本人の自由意志。