生まれた理由・生きる理由


最近になって感じ始めました。人が肉体を持ってこの世に生まれ生きる理由とは、2度と肉体を持って生まれ生きる必要をなくすためなのかって。これまでにもそのような話は聞いていたのですが、実感はありませんでした。

生まれた理由がなんであれ、充実して、手ごたえのある人生を送りたいとか、幸福感を味わいたいとか、人は色々と考えるものだと思いますが、それは全てこの地上がメインステージだという設定で考えているように思います。死んだら終わりだから、生きている間にこうしたいああしたいと。そしてできれば、あぁいい人生だったなと思って死んでいきたい。それで終わりなんだから・・・って。

微妙な表現ができないのですが、実は、メインステージはこの世ではなくて、霊魂として生きていく世界なのだと感じています。霊魂として遥か昔から存在している自分がこれから更に霊魂として進歩していくために、どうしても地上に降りてクリアしなければならない課題がある、仕方なくといってはいけないのかもしれませんが、どちらかといえば止むを得なく地上に生まれている。しかも課題に関しては記憶も認識もない。まるで宝探しです。

宝探しに出発した霊魂が、地上でどれほど活躍し、評価を得、成功したとしても、その宝をみつけて帰ってこなければ、見つけるまで何度でも行ってこ〜いとなってしまう。地上の生活が仮に楽しかったとしても辛かったとしてもそんなこと関係なく、宝をみつけて戻らなければ、霊魂としての進歩の道をそれ以上進むことができないままになってしまう。それどころか、ずっと寝ぼけたままだと逆に地上に戻ってやり直すことさえできないくらいにわけのわからない世界に入り込んでしまうかもしれない。

人の目から見ていい人生だったか、ろくでもない人生だったかなんて重要ではなくて、宝を見つけたかどうか極端に言えばそれだけのような気がします。

例えば、地球上の人間がひとり残らず宝をみつけ、それによって2度と地上に戻ってくる必要がなくなるとしたら、物質の世界すら必要なくなるかもしれない。動物や植物やミネラルや、人間以外の命を全て犠牲にして、人間にチャンスを与えるためだけに存在しているような地上なんだから。

生まれた理由、生きる理由は宝をみつけること、それは霊魂を知り、霊的進歩のためにトレーニングすることです。それさえ達成できればあとは個々の自由。けれど、そもそもの目的を外してしまっては、たとえ残りが100点満点だったとしても、結局、生まれた意味さえなかったということになるのでは・・・と最近になって感じ始めています。(偉そうにしゃべってすみません)